大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(う)3260号 判決

被告人 大野彌作

〔抄 録〕

論旨第二点。

記録によれば、原審における第五回公判調書に検察官から小川幸吉の検察官に対する昭和二十七年十月二十九日附供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第二項後段によつて取調請求をした旨の記載があるけれども、右公判調書の当該個所前後の記載と右供述調書を比較検討すれば、右の記載は、同条第一項第二号後段の誤記であること洵に明瞭である。而して記録に徴せば、右小川幸吉の供述調書、渡辺実の昭和二十七年十月十七日附及び同年十一月十六日附検察官に対する各供述調書、高吉平蔵の昭和二十七年十月二十七日附検察官に対する供述調書、黒川鍋太郎の同月二十四日附検察官に対する供述調書、大日方雄三の同月九日附検察官に対する供述調書、斎藤進の同年十一月三日附検察官に対する供述調書、安田富蔵の同月十六日及び同月十三日附検察官に対する各供述調書、佐々木謹司の同月十日附検察官に対する供述調書、高木錨の同月六日附検察官に対する供述調書、角田孝の同月三日附検察官に対する供述調書謄本、大野彌作の同年十月二十九日附及び同年十一月七日附の検察官に対する各供述調書(後者は謄本)渡辺実の同月二日附検察官に対する供述調書謄本は、いずれも検察官において同人等が原審公判延においてなした供述を争い刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号本文前段又は後段に該当し、且つ、同号但書の信用性に関する情況の保障ありとして証拠調の請求があり、弁護人において右の保障の存せざるの故をもつて異議を述べたにかかわらず、原審においては、その証拠能力を認めこれを受理しその証拠調を了したことが窺われる。(尤も前記供述調書やその謄本のうち渡辺実竝びに大野彌作のものについては共同被告人として併合審理の公判廷において提出されているので相互に他の者に対する関係としては前記法条、その本人に対する関係においては同法第三二二条の証拠として提出されたものとも解されるが、論旨で問題となつているのは前者の場合としてであるから、この点においてのみ以下他の供述調書又はその謄本と同様に説示する。)そこでまず右刑事訴訟法第三百二十一条の規定は、現行刑事訴訟法の原則として採つている伝聞証拠排斥の例外規定であり、被告人の反対審問権を行使し得ない供述に関する場合でもあるから、その解釈適用は厳格でなければならないことは洵に所論のとおりである。従つて右法条のいう信用性に関する情況的保障は、右被告人の反対審問権に代替する重要な要件であるが、その要件の存否の調査については犯罪事実の認定に必要であるいわゆる厳格なる証明を要するものでなく、裁判所の健全合理的な自由裁量をもつてすべきものであつて、その調査の資料竝びに方法についてもいわゆる任意性の有無の調査と同様特別の立証を要するものではなく当該訴訟進行段階におけるすべての状況、すなわち当該供述調書の形式内容を始め供述者の弁解及び態度、供述の時期及び環境その他記録に現われている一切の事情を参酌して裁判所において適当と思料する資料竝びに方法に基いて判断を下すべきものである。ところで本件において原審公判廷において以上の者がなした各供述は、検察官に対する各供述と、或は相反しており、或は実質的に異つておることは、記録に徴し明らかであるところ、検察官に対する各供述調書の成立について供述の際強要せられたり圧迫されたような事実はなくそれぞれの任意の供述を録取したものであつて各供述者も任意にこれに署名押印していることは、原審公判廷における右各供述者の供述により明らかであつて、又右供述内容についても詳細に当時の状況を自然的にありのまま間違なく自己の記憶に基いて任意にしておるものと認められ、その供述調書の形式についても成現の手続に従つているものと認められるから、その信用性を保障するに欠けるところはないものと解せられる。従つて右各供述調書及びその謄本は、いずれも刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号に規定する要件を具備しているものといわなければならない。従つてこれと同一見解の下に証拠能力を認めこれを事実認定の証拠として採用した原判決には何ら採証法則に違反したものということはできない。又右法条の憲法第三十七条第二項違反を云為する所論については既に最高裁判所の屡々判例として示すように当裁判所亦これと同一見解であり右法条は何ら右憲法の規定に牴触するものと解しないから採用の限りでない。いずれにするも論旨は理由なきに帰する。

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